ハバロフスク日本人会会報        りっか 六花 рикка             2009秋・Vol.32

☆秋の墓参会☆

1018日、当会主催の恒例の秋の墓参会が催されました。開催の曜日を従来の土曜日から日曜日に改めたせいもありましょうか、今年は去年を10名ほど上回る30数名の方がご参加くださいました。雨が落ちないで待っていてくれたかのように心配された天気も散会間際までもちまして、ほんとうに助かりました。昨年と同じく今年も清掃作業は割愛して慰霊会の形で催され、まず、お線香をお供えした中央の慰霊碑に、当会名誉会長の貝谷総領事に花をお供えいただき、そのあと、ご参加くださったみなさまに黄色や赤や白の菊かカーネーションを一輪ずつお供えいただきました。それから、総領事よりお言葉と献杯のご発声を賜り、幹事や有志のみなさまがご用意くださったビールやジュースやおつまみをいただきながらの歓談のひとときがさらさらと流れてゆきました。このたびは、お忙しいなか墓参会にご参加くださいましたみなさま、周到な準備にご尽力くださいましたみなさま、美味しいおにぎりにお惣菜、ヴォートカや温かい甘酒を差し入れてくださいましたみなさま、まことにありがとうございました。ご参加できませんでしたみなさま、次回はぜひご一緒いたしましょう。2009113日・編集子記)

☆日本語弁論大会☆

115日の晩の10時半過ぎ、ソファでごろごろしながら20数年まえに購入した古い短波ラヂオ(SONYICF2001D+アンテナSONYAN1)をつけて、周波数を弊局『ロシヤの声』の6185kHzに合わせますと、『ヤングウェーヴ』という日本語番組で、1024日にモスクヴァで開催された第22回ロシヤCIS諸国学生日本語弁論大会についてのルポルタージュが放送されていました。途中から聴いたのですが、使い方次第で相手の方の心を悲しく閉ざしてしまうこともあれば逆に解き放って元気づけることもできる不思議な「言葉の力」についてのウズベキスターンの首都タシケーントの学生さんの弁論に深い感銘を覚えました。将来は弁護士になって言葉の力で弱い立場の方々のお役に立ちたいとの志の高さにも心を動かされました。そのあと、入賞者3名の名前が挙げられましたが、1位はカザフスターンの方、2位はモスクヴァの方、そして、3位はなんと本紙前々号(Vol.30)でご紹介させていただいたハバーロフスクの極東国立人文大学のマリーヤ・プロコーピエヴァさんでした。まことにおめでとうございます。インターネットで検索しますと、極東国立人文大学のサイトのニュース欄 http://www.khspu.ru/ru/about/info/?file=news にこんな記事が掲載されていました。「1024日、モスクヴァで、日本大使館によって組織された第22回ロシヤCIS諸国学生日本語弁論コンクールが開催されました。東洋語学部日本学科1233グループの学生マリーヤ・プロコーピエヴァさんが3位に入賞しました。マリーヤさん、そして、彼女のコンクール参加の準備を助けられたオーリガ・オレーゴヴナ・シャラーモヴァ先生、エレーナ・ヴラヂーミロヴナ・エメリチェーンコ先生、安河内貴子先生、おめでとうございます。」。なお、下記のブログでも同大会についての写真入りの記事を拝見いたしました。http://h21mayatika.blog58.fc2.com/blog-entry-17.html2009115日・編集子記)

☆新聞拾い読み☆

青いシューバ

ヴァンクーヴァー冬季オリムピックではまたまたチェブラーシカがロシヤチームのマスコットになります。今回は青。ロシヤのトリコロールの他の色、赤と白を、彼はすでに纏いました。(※チェブラーシカは男の子なのでしょうか。)20091104-1045論拠と事実

☆環境ポスター作品集☆

日本人会の皆様

NPO法人 むさしの・多摩・ハバロフスク協会

ハバロフスク現地理事 小林 亮介

初冬の候、益々ご健勝のこととお喜び申し上げます。

当協会は、自然との共生をめざし、「寒帯林保全」「自然体験活動」「国際交流」を柱に活動を続けている団体です。当協会では10年以上、毎年5月に『植林ボランティアツアー』を行っており、来年も5月の第一週に行うことが決定致しました。これは日本から参加者を募り、ハバロフスク郊外にあるワロネジおよびヘフィツルに『友好の森』と称して、チョウセンゴヨウマツの植林を行っているものです。

さて、来年度のツアーの一環で環境ポスターを日露で募集することとなりました。ロシアではハバロフスク市国際関係局でポスターの募集を行い、ハバロフスク市と武蔵野市で展示会を開いたあと、最終的に日露の作品集を作る計画です。現在この作品集の後援者を募集しています。日本人会の皆様にもぜひ、寄付や広告などのスポンサーとなって頂きたくお知らせ致します。ご協力いただける方は、ハバロフスク現地理事小林(89098550104)までご連絡下さいますようお願い申し上げます。

☆カザケービチェボ俘虜記 其の弐/田中隆☆


 どれほど走ったのだろうか。

 車が停車し、前の座席の二人車を降り、おそらく黒セーターであろう男が後部座席のドアを開けた。

「付いたで。降りんかい。あ、目隠し取ったらあかんど。おれがつれってったるさかい」と言いながらおれの肩を抱く。

「ほれ、階段や。ほれ、階段終わるど。こっちや。そっちや。90度向き変えて。三遍回って、わん。ほれ、ここ、椅子あるから座れや」と、全くの言いなりになりながら腰を下ろした。

 椅子はあった。よかった。画鋲も置いてはいなかったし。

 ここで初めて目隠しを外される。マシンオイルの臭いも、鼻先から遠ざかっていった。

 かなり広い、おそらくはカザケービチェボの国境警備隊の執務室であろう部屋の長方形の短辺を背にして椅子に腰掛けている私。

 その対面の、と云っても、五メーターほど隔たっていようか、嫌にでかい机に腰掛けて、窓を背にしているのが、国境警備隊隊長らしい。

 軍帽(フリャーシカ)をあみだに被りやがり、正装の軍装の襟元のネクタイを緩めやがり、だらしなく机に片肘を突きやがり、ガムをにちゃにちゃ噛みやがりながら薄笑いを浮かべていやがる。身長も高そうで、190以上はありやがるだろう。色白で赤ら顔。ぷくぷくむちむち太っていやがる。薄い唇がいやに赤く見えやがった。

 いやーな予感。

 最低最悪絶体絶命の状況に追い込まれたのではなかろうか。こいつは、見るからに、かつてのハリウッド映画に登場する悪役悪徳非道暴虐冷血爬虫類系ソ連将校の用件を備えている。

 なんだか解からないロシア語で、でも、言葉の判らないおれにも充分伝わる嫌味な雰囲気を醸しつつ指示を出す。にやにや笑いながら。

 こいつのフリャーシカをラジコンヘリのヘリポートにしたら面白いのに。直立不動に立たせて、にやけた面の上でヘリが離発着したら可笑しいだろう。

再び尋問の開始だ。これが本番らしいのは、詰所での尋問よりもより一層緊迫した雰囲気でも判る。

今一度の身体検査。上着も手に取り、揉み擦り、内部に不振な品が無いかをチェックする。バッグの中身も、おれの目の前にあっただだっぴろい机にぶちまけ再検査。も、所詮代わり映えせず、パスポート、手帳、辞書、小額の現金、サラミとチーズである。が、どうもここに到ってはたと思いついたのだが、サラミとチーズは宜しくないのでは。と言う事だ。つまり、ロシア領に到達してから、どこぞに潜伏するための食料と見做されてしまうのでは。という懸念が湧いてきたのである。が、杞憂だった。連中、黒セーターと迷彩だが、に、興味があったのは、サラミ、チーズではなく、手帳の中の、日本語の文字の書いてある佳所だった。「これ、おまえ、何書いてあんねん?説明せんかい!」と、そのつど翻訳を強要されるのには閉口した。

おれのロシア語力で説明できる範疇には無かった。

まともなサラリーマン経験の無いおれに、理不尽な上司の指示を仰ぎ、天井の蛍光灯を眺め嘆息するサラリーマンの気持ちを寸分でも理解できたのはこの時だっただろうと思う。

「あのな、おれ、ロシア語よう出来けへんから。通訳とかおれへんの?」と尋ねれば、「おるわけあれへんやろ、日本語通訳。ここ、中ロ国境やで。おまえ、辞書あるやないかい。説明せんかい!」と、執拗だ。

 もどかしくなり、ついつい日本語が口を付くと、「あかんど。おんどれ。ロシア語しゃべらんかい!われ、こら!きいっ!」と叱られ、またしても絶体絶命。

 これほど言葉が出来ないことに対して絶望したことは無かった。

 言いたいことが言えないのも問題だが、それ以上に、自分の身の回りで起きている、しかも、おれ自身の先行きに係わる事なのに、それが全く感知できない(勿論、雰囲気は判らないでもないが、それに関して交わされているやり取りの内容を全く理解できないのだから如何ともしがたい)、のは、事ここに到っては、既に恐怖ですらある。

 取調べは続き、と言っても、調べるようなことはさほどは無いのであるから、とっとと終わりになるはずだったのだが、手帳に書き込んである日本語の強制翻訳作業にえらく手間取ったからだ。

 ちょっとした覚書、人名、たとえば、その人間は現在ロシアにいるのか、とか、ロシアへの渡航歴は、とか、翻訳を超越した尋問に発展したりするのだから、油断も好きの始まり、もとい、油断も隙も有ったもんじゃあない。

 脳みそは海綿のようになり、神経は磨り減りまくり、しかも、考えてみれば、本日の食事は一皿のマカロニだけ。心身ともにへとへとになって、『ああ、たしか、英語で槍投げのことをジャベリンスロー、と言うのだよな。槍投げ。投げ槍。もう、どうでもいいもんね。後はどうなってもいいから、いっそここで暴れてやろうか』

 などと、虚無感、自暴自棄感、がひしひしと迫ってくる。と共に、焦燥感は薄れてきて、『留置されりゃあ飯ぐらい食わすだろう。なんなら二、三日泊まってもいいから。ただ、もうこの取調べは勘弁してくれ』と、変に弱気に開き直ってみたりして。

 が、天の配剤だろうか。このあたりで、黒セーターがなにやら書類を取り出し、目の前に突き出した。

「これに、所持品一覧書けや。金もな。金額ちゃんと書かなあかんど。で、ここにサインしてな。全部ロシア語で書かなあかんど」

 と、言うが、何の書類だか判らなかったので、これは何だ、と訊くも要領を得ず、仕方なく書いた。半端にロシアアルファベットを知っていたりしたからこんな目に会う。もし、おれが、全く書けなかったらどうなったのだろうか。その件、もう一度試してみようとはさらさら思わないが。

 書き終わると、黒セーターは、おれの辞書を取り上げ、ぱらぱらめくって、必要な単語を見つけたのだろう。そこを、指で押さえ、「タナーカ。おまえ、これや、これ」と、辞書を差し出したので覗きこむと、арест と書いてある。右側の日本語訳は、奴の指に隠れ読めないので、「ちょっと指のけてんか」と言って、指の下から現れた漢字二文字。逮捕。

 がーん。

 漫画だったら見開きひとコマにして衝撃を表わしたい所だ。

 しかし、今更言っても詮無い事。既に外は暗い。バスも無いだろう。今開放されてもどうしようもない。この空き腹を抱え、森を超え、危険な夜のロシアの街をさまようなど、言語道断である。つまり、今日はお泊りだね。うかうかと、こんな所に来た私が馬鹿でした。でも、何も違法なことはしていない。無理に潜入した訳じゃあなし、駄目だと言われ、すごすご引き返していく所を拘引されただけだ。

 ここで質問。

「いつ帰れんの?」

「五日!」

 くらっときた。

 今まで、おれに向かっては一言も言葉を発しやがらなかった白むち隊長が、薄くていやに赤い唇の端を吊り上げやがり、にやにやと笑いやがりながら、言いやがった。憎憎しい事この上ない。不思議の国のアリスの猫だって、もっと可愛げが有るだろう。

「何でやねん?おれ、悪いこと、一個もしてへんやないかい!」

 と、抗議をすると、黒セーターが、「冗談や冗談。今晩だけやから。明日んなったら帰してやるさかい。もう、今日遅いし」ととりなし、おれもほっとした。

 さて、何処に連れて行かれるのか。今、おれのいるこの建物に拘留施設は有るのだろうか。と思っていると、また目隠しをされた。やっぱり油臭い。

 来た時とは反対に、でもやっぱり目隠しをされ、車に戻り出発した。

 

 到着したのだろう。先ず、入り口の門と思しき場所で車が止まり、再び動き出し、直ぐに止まった。

 車を降りると、今度は直ぐに目隠しを外された。

 軍の駐屯地なのか、周囲には、数棟のレンガ作りの建物が在り、おれは、若い、やはりカラシニコフを肩から提げた兵隊に引き渡され、目の前の建物の横腹にある、半地下に通じている階段を下りていった。

 入り口は、鉄の扉を開けると鉄格子の嵌った扉がある二重扉。不気味で、まさに気分は俘虜である。気分だけではなく、事実俘虜であった訳だが。

 両側に、覗き穴と、食物供給用の、二十センチ四方位の四角い切り欠きのある水色の扉が並んでいる、暗い裸電球で照らされた廊下の突き当たり、左側の扉に鍵を突っ込みがちゃがちゃさせて、扉を開き中に入った。すえた臭いがする。左側に机と、背もたれの取れた椅子がある。右手奥にはなぜか、壊れたスチールのロッカーがあった。床にはすのこが置いてある、天井からは無造作に、五燭光ほどの裸電球がぶら下がっている。幅一メーター半、奥行き二メーター半ほどだ。

 兵隊はおれを残して扉を閉め、鍵を掛けた。コンクリートの床を踏む軍靴の音が遠ざかっていく。

 おれは背もたれの無い椅子に腰掛け、腕を組み、壁に寄りかかって眼を閉じた。

 ろくに言葉も通じない異国で囚われの身になったのだ。

 思えば、ロシアに来てこの方、なんだか悪いことばかり起きているような気がする。

 沿海州の森の中で、知り合いの知り合い、つまり、全然知らないロシア人の酔っぱらいおやじと一緒に道に迷い、森をさまよったのも恐ろしい体験だった。人間、疲労と恐怖で、幻覚が見えるということも知った。

 レーニン広場で、ミリーツィアの職務質問に遭い、因縁をつけられ、署まで連れて行かれ、ビクトリノックスのナイフを武器だと言って没収。ついでにコンパクトカメラも没収。結局、レギストラーチアをしていた知り合いの家のお母さんと彼女が貰い下げに来てくれて釈放。帰ってから、お茶を飲んでいると、お母さんに、「あなたはフリガーンか?」と言われた。

 その挙句が、これである。

 五週間ほどの間に、大きい事だけでこれだ。小さいことはまだまだ沢山あったのだ。もう嫌。

 つらつらと、あれやこれや考えていると、扉ががちゃがちゃ云っている。

 兵隊が布団を持って来たのだった。

 ついでだから便所に行っておこうと思い、「トイレ行きたいんやけど」と言うと、おれの腕をつかみ、便所まで連れて行った。

 扉を閉めようとすると、「あかん!」と、きつく言われてしまったので、監視されながら小用を足した。大用だったら、する方もだが、見ている方も堪らないだろう。

 独房に戻り、まだ眠くなかったので、椅子に腰掛け、瞑想する。

 そのうちに、また、扉のあたりががちゃがちゃいっている。食料供給用の窓が開き、「こら、お前、寝なあかんど!」と言うので、「まだ、寝むう無いねんけど……」と言ってみたが、「あかん。寝とき」というので、しょう事なしに布団を敷いた。奥の方は、何だかじめじめしていて、団子虫だの、ナメクジだの、ミミズだの、ヤスデだの、ムカデだの、小人の大名行列だのが出てくると厭だったので、扉に向かった方に枕を置き、横になって眼を閉じた。

 さほど時間も経っていないのだろうが、また、扉ががちゃがちゃ音を立て、のぞき穴が開いて「おい、こら、われ、こっち来んかい!」と言うから起き上がって扉のところに行くと「あのな、頭はあっちに向けて寝なあかん」と、奥の方を指さすではないか。

『うわあ、団子虫だの、ナメクジだの、ミミズだの、ヤスデだの、ムカデだの、小人の大名行列だのが出てくると厭なんだけど……』と思ったがしかたない。つまり、のぞき穴からのぞいたときに、頭が見えていることが肝要なのだろうな。

 今度は奥に枕を置き、横になった。

 

 うつらうつらしていると、今度は、食糧供給窓が開き、黒セーターが顔を出し、こっちに来いと言うから、また起き上がって行ってみた。

「おまえ、帰りたいか?」と訪ねるので、出来ることなら帰りたいが、もう遅いし、明日帰れるのであれば、今日は一泊していく所存である由を告げると、「そうか」と言って、窓を閉めたので、また横になった。

 

 目を閉じていると、しばらくして、また、こちらに向かってくる足音が聞こえ、またしても食糧供給窓が開き、黒セーターが顔を出し、こっちに来いと言うので行ってみると、またしても「おまえ、帰りたいか?」と訪ねるので、先ほどと同じような事を言ってやったのだが、「ふむ……」だか「うむ……」とか言って窓を閉めたので、また横になった。

 

 

 そして、また、目を閉じてしばらくすると、こちらに向かってくる足音が聞こえ、またしても食糧供給窓が開き、黒セーターが顔を出し、こっちに来いと言うので行ってみると、またしても「おまえ、帰りたいか?」と訪ねるので、先ほどと同じような事を言ってやったのだが、「ふむ……」だか「うむ……」とか言って窓を閉めたので、また横になった。

 

 しばらくすると、また、こちらに向かってくる足音が聞こえ、またしても食糧供給窓が開き、黒セーターが顔を出し、こっちに来いと言うので行ってみると、またしても「おまえ、帰りたいか?」と訪ねるので、先ほどと同じような事を言ってやったのだが、「ふむ……」だか「うむ……」とか言って窓を閉めたので、また横になった。

 

しばらくして、また、って、この後もまた同じだと思うでしょう?でも、違う。こちらに向かってくる足音が聞こえ、またしても食糧供給窓が開き、黒セーターが顔を出し、こっちに来いと言うので行ってみると、「おまえを帰してやる。しばらく待て。ところで、送ってやるに当たって、車を出すのだから、お車代は払っていただこう」と来た。『ほらほら、お車代。これでやられちゃうんだよね。だいたい、ろくな事にはならないんだから。ぼったくられちゃって』と、過去に接触したミリーツィアなどとの経験に照らして考えた。で、「いくらぐらい?」と訪ねると、「100ルーブルぐらいかな」と言うではないか。ここは、クラスナヤレーチカの先。ふつうにタクシーで帰っても、とうてい100ルーブルでは帰れない。本当にガソリン代程度の金額だ。やはり、民警などと違い、軍界は規律が厳しいのだろうか?まあ、安いに越したことはない。

結局、帰宅する他の隊員を送るついでに(それとも、俺を送るついでに)出発となり、今度は、独房を出されてから車に乗っても目隠しなしだ。

運転席に迷彩、助手席に黒セーター、リアシートには、おれと、恰幅のいいおじさん。

荷物を渡され、「確認せんかい」と言うので、バッグを開けていい加減に目を通していると、「きちんと確認せなあかん!」と怒られた。やはり、きちんとしている、民警よりも。

で、しばらく走ってからガソリンスタンドに寄ってから、同乗の隊員をおろして、ピオネールスカヤ通りに入ったところで黒セーターが振り向いて「おまえ、ビール飲みたないか?」と言うではないか。思わず。「いいの?」と聞き返すと、「ちょっと待っとけ」と言って、また黙った。

 終夜営業のキオスクが二、三件集まっているところに車を止めると黒セーターが、「おまえ何飲む?」と聞くので、「アムールピーバ、スヴェートロエ」と答えると、「金出せや。買って来たる」と言うので10ルーブル渡すと、車を降りてキオスクに向かった。

 自分の分のビールと、おれの注文のビール、計二本を持って戻ってくると、「ほら」と言ってビールと小銭を渡された。しかし、ビールはちょっきり10ルーブル。この小銭はいったい何であろうか、と思い、訪ねると。「ああ、それな、ガソリン代のつりや」と言うではないか。『あり得ないね、こんな小銭までいちいち返すなんて。やっぱり、軍は民警とは違うんだね。やっぱり軍人さんは偉いもんだね』と、感心することしきり。ビールを飲んで、緊張がほぐれていくのが解った。

 車はピオネールスカヤをひた走り、ザパーリナへ、そして、カールマルクス通りを空港方面に向かう。

 本当は、中央市場の隣の、レフトルストイ15に部屋を借りていたのだが、レギストラーツィアをしている住所と違うので、そちらに連れて行かれることと相成った。『夜も遅くに迷惑なことだ。まあ、致し方あるまい』などと考えているうちに、バリショーイのバス停を過ぎて裏道に入る。

 暗いし、道はえぐれてぼこぼこ。徒歩くらいのスピードしか出せない。黒々とした周囲の建物の、窓からは、タングステンランプの黄色い明かりが漏れている。

 目的の階段の入り口の前に車を止めて、三人とも車を降りた。階段室に通じる黒い鉄の扉は壊れているので開きっぱなしだ。

 中に入ると小便くさい。始めて来た時はスラムだと思ったぐらいで、郵便受けはぼろぼろ、壁はペンキが剥落して、その上落書きだらけ。エレベーターは故障中で、8階まで徒歩で行くしかないのだが、夜ともなれば、ほとんどの階の電球が切れているため真っ暗。お化け屋敷にでもしたらよかろうと思えるぐらいだ。でも、今日は軍人さん2人と一緒だから安心だね。などと思いつつ階段を登る。

 やっとのことで、8階にたどり着く。右手の、一つの鉄のドアの中に二つのフラットに通ずるドアがあるタイプで、一番目のドアは、上三分の一ぐらいを切り抜き、鉄格子になっている。鉄格子の中から来ただけに、なんだか具合が悪い。又入るのか?なんて。

 黒セーターが、びーびーブザーを鳴らすと、知り合いのお母さんが、出てきて、鉄格子の向こうでびっくりしている。そりゃそうだ。深夜、12時を回って、見知らぬロシア人二人と、厄介な日本人がドアの向こうに立っているんだから。しかし、ばつが悪いったら無いね。前は、ミり―ツィアに、もらい下げに来てもらって、今回は、下げ渡しされて帰ってきたって訳だ。どうも、株が下がりっぱなしで良くない。

 又も、黒セーターが状況を説明していたのだが、それは、もうすでに書いたからいいとして、説明を終えると。やおら、携帯電話を取り出し、「マイオール何がし、ただいま、スパイ容疑者であったタナカを×××まで送り届け、無事、引渡し終了。ただいまより直帰します」、みたいな事を報告。これで、一件落着。おれは晴れて自由の身。やつら二人は、暗い階段を、靴音も高らかに帰っていった。

 まあ、とりあえず、お茶でも飲んで、と台所に通されて、本当は、詳しい事情を説明しなければならないのだが、言葉が覚束ない。とりあえずのことだけを説明すると、まじまじとこちらの顔を見つめ、「あなたはパルチザンか?」と言われてしまった。

 以前、ミリーツィアにもらい下げに来てくれたときは、フリガーンか?と言われ、今度はパルチザン。少しは格があがったのだろうか?

 そこへ、友達の誕生日に行っていた娘が帰ってきて、お母さんから説明を聞くと、期せずして、「あなたはパルチザン?」と来た。血は争えないね。はは。同じこといわれちゃったよ。

 結局その晩は泊めてもらい、翌朝、自分の部屋に帰ろうと表に出たら、水溜りには氷が張っていた。団地の建物越しに見える青い空を見上げて、「もう、秋だなぁ」なんてね。


 

☆山下雅司さんの小説「時空の旅人」☆ 〜連載・第18回☆


其之 六

 

 

 メグミよりマリーンが又、旅に出ると聞いた。年甲斐もなく高木の胸が高鳴った。

(一緒に行きたい!)

 だがその思いは叶えられなかった。寒い季節に向かうこの時期の旅は、思いの他難儀だと言う。マリーンは季節風を利用して、大海に浮かぶ島を訪れると言う。

 この島の話は高木も知っていた。あの小人の村の村領が話してくれた事だった。

 太陽の沈む方角の大海原に、昔から人の住む島があり、その島から人が訪れたと言う話だった。立派な船に乗り大勢の人々が一度に訪れたと言う。

 その人々も丘の上の円形の大きな濠に、非常に関心を持っていたと言った。

 その時高木は、

(初期のヘンジを造った人々の、末裔にあたる一族ではないか?)

 と、思った事を思い出していた。

 ブリテン諸島の西と言えば、この時代ではウエールズ島かアイルランド島しか考えられなかった。大海と言うのはアイリッシュ海の事だろう。小人の村領の話は納得は出来る。

 アイルランドは太古の古代海洋民族、フェニキア人やそれ以前の謎の海洋民族と言われる、アルファ民族と言われる人々が、古来より訪れている可能性がある。

 アルファ民族と言われる人達は、紀元前四〇〇〇年頃、七つの海を航海し世界各地に、大地上絵文明を伝えたと言われている。

 高木は密かにアヒントンの白馬は、この海洋民族が地上に描いた物と考えていた。

 アイルランド島は、地理的条件と海流の流れに恵まれて、早くから地中海地方の開けた文明が伝播された島だったのだ。マリーンよりの報告で、小人の村領の話を聞き、異文化への関心が村領、ハグマーと呪術師リストの心を動かしたのだろう。

 マリーンは今、そのアイルランド島に渡ろうとしていた。

 目的を持った旅だ。高木の同行は手足纏いにこそなれ、何の役にも立たない。

 其のうちに行ける事があるかも知れないと思い、今回の同行を高木は諦めた。

 メグミと共に、地上絵の描かれたアヒントンの白馬の入り江まで見送りに同行した。

 北風を一杯に孕み、筏は矢の様に、入り江を駆け抜け島影に姿を消した。

 

 メグミが小屋に遊びに来た。

 朝から小雨交じりの愚図ついた天気で、野外の仕事は出来ず高木は小屋にいた。

 メグミの顔を見て杉浦との会話を思い出した。

「高木さん知っていましたか?」

「何を?」

「メグミさんの事ですよ。彼女何者か知っていますか?」

「何処かで見た様な気がするのだが、其がね・・・・。もう歳だから」

 高木には見た記憶があるのだが、如何しても思い出せなかったのだ。

「有名な人なのですよ。売れっ子のトップ・モデル!知らないかな?高木さんの世代では」

 知らないのもしょうがないと言うように、杉浦が言った。

「あっ、そうだ!思い出した。テレビのコマーシャルで見た人だ」

 やっと高木も思い出した。

 見た事があるはずだ。何度もテレビの中で・・・

「信じられないですねぇー。一緒に身近で暮らしているなんて・・・・」

 杉浦の言葉には、不思議な体験の巡り合わせを感じさせた。

 高木には、見た事はある人だったが、会った事の無い人だった。

 奇麗でスタイルが良いのも当たり前の事だった。ファッションモデルなんて、高木には一生縁の無い世界の人間だと思っていたのだ。

 そう言えば(杉浦はどうしているだろう?元気で暮らしているだろうか?)

 懐かしく思い出された。

「何か可笑しいですか?私の顔」

 顔を見つめている高木を見てメグミは、不思議そうな顔をして問いかけた。

「メグミさんの顔を見たら、杉浦君を思い出してね。元気にしているだろうか?」

「あの調子で、現場監督しているのじゃありません?」

「マリーンが戻ったら一緒に、陣中見舞いに行こうか?」

「良いですね。魔法使いの叔母様にもお会いしたいし」

 メグミは懐かしそうな顔をして、外降る小雨に眼をやった。

「何か用事だったの?訪ねてくるなんて珍しいじゃない」

 メグミが初めて小屋に訪ねて来たのだった。

「リスト小父さんから、マリーンが居なくなって寂しがっているかも知れないから、様子を見て来い。と言うお言葉がありまして伺いました」

 マリーンが旅立ってから、半月が過ぎようとしていた。

 高木にはマリーンの安否も気になった。冬の海は季節風が強く、海も荒れる日が多いと聞いた。メグミが現れるまで、二人の事を忘れていた事に驚いていた。

 のんびり暮らしている様に見えても、毎日の何げ無い暮らしが、他人の行動に気を廻す余裕の無いほどに、夢中で生きていると言う事なのだろう。

「今日はタロウが一緒で無いの?」

「外で待っているはずです」

 そう言いながらメグミは入り口の外を覗いた。

 

 エイブベリの集落をメグミが旅立つとき、タローはメグミを慕い後を付いて来た。

 魔法使いの老婆、コールは何も言わずタロウのするままに任せた。

 メグミがコールの元で暮らすようになり、タロウの世話はメグミの仕事となっていた。 身近にいて世話を焼く者に、動物は本能的に心許し、従うのだろう。

 其は自然の節理であり、生き物の本能なのだろう。自然の節理が忘れ去られて久しい。

 二〇世紀に入り、お金が総て!と言うような風潮がある。

 若い夫婦はより豊かな生活を目指し、共稼ぎと称し、仕事する。二人だけの時は問題ないが、子供が出来たら考えるべきだ。子育ては夫婦の共同責任なのだから・・・・・

 子供の世話は最低でも中学卒業時まで、親が真剣になって子育てをする必要がある。

 子育てとは塾で勉強させる事では無い。親が最低限度の躾をすると言う事なのだ。

「挨拶」「感謝の言葉」「しては行け無い事」「他人に迷惑をかけない事」最低これだけ、四つの事だけで良いから、親が責任持って中学卒業まで躾するだけで良い。

 食べさせておけばいい!塾に行かせておけばいい!そんな気持ちの世話を焼かない母親に、子供が頼りとし、心を許し、従う等と思っている親に、思い掛け無い大きなシッペ返しが来ないとも限らない。子供は動物と同じ、生き物なのだから・・・・・・・

 近年、昔では考えられない、信じられない子供の事件が相次いでいる。

 恐怖への予兆は始まっている・・・・ので無い様に祈っている。

 

「雨が降っているし、タロウ中に入れたら?」

「高木さん、まだ現代感覚が抜けないのですね。動物は外で暮らすのが自然なのですよ」

 能書きを言っている割には・・・・・一本とられたと言う様に、高木は頭を掻いた。

「そう言えば、タロウはいつ頃から集落で飼われているの?狼のような雰囲気で、番犬と言うような飼い犬と違う様に見えるのだけれど」

 高木はこの時代では、飼い犬の習慣はまだ始まってはい無いと思っていた。

 メグミが魔法使いの叔母様と呼ぶ、コールから聞いた話として、

「私が聞いた話では、一族の移動の途中に小さなタロウが怪我して動けない所を、木苺積みに出かけた少女が見つけて、医者も兼ねるコールの所に連れて来たそうです。コールが世話して全快し、治療の途中からコールになついたタロウは其のまま、コールの所にいついたそうです」

 と、話してくれた。

「タロウが人類最初の飼い犬と言う可能性は充分あるね」

 話を聞いて、高木は言った。

「人類最初?タローがですか?」

 驚いたようにメグミは美しい眼を一杯に見開いた。

「タロウが、小さかったのが良かったのかな?普通、狼の様な獰猛とも言える獣が、人間になつく事は自然の法則では考えられないからね。草食動物のおとなしい山羊や羊は、群れを作り家畜化も容易だが、狼などの肉食動物はむずかしいと思うから」

 高木は思いつくままに、メグミに語った。

 思わぬ偶然の出会いが歴史を造る。そんなものかも知れない。

 木苺積みの少女とタロウの出会い、更にコールとの出会いが、人間と犬との歴史を作り始める。我々もこの世界に放り込まれたのは、偶然の出来事だったのだろうか?

 小屋の外で、一際高い咆哮が響き渡った。

 其は野性の狼の叫びで、タロウの中に残る野性の雄叫びであった。


 


♪ハバーロフスク地方フィルハーモニー・コンサートホール(シェフチェーンコ通り7)の

11月の公演案内(FAXでご送付いただいたチラシなどの情報です。)♪

11/7(土)17:00】第4回極東民族音楽フェスティヴァル閉会演奏会『わが大地の心』。民族音楽歌謡アンサムブル『ロシヤの岸辺』、芸術監督:コンスタンチーン・プローホロフ。

11/7(土)11:00,12:00,13:00小ホール】『ダチョウの子・ロッキー』フィルハーモニー人形劇場『カレイドスコープ』アフリカでのダチョウの子の驚くべき信じられない冒険についての物語。

11/8(日)17:00】『私の掌に星が落ちた』シチェベンチーハ自作自演歌謡フェスティヴァル最終コンサート、芸術監督:アレクサーンドル・コヴァリョーフ。

11/13(金)18:30】ピアノ音楽の夕べ。国際コンクール入賞者、青年賞『トリウームフ』受賞者、エカチェリーナ・メチェーチナ(モスクヴァ)。セルゲーイ・ラフマーニノフ/24の前奏曲。

11/14(土)15:00小ホール】『心を語れようか』フィルハーモニー劇場『ゲリコーン』。M.Yu.レールモントフの出生、生と死の秘密についての文学音楽劇。使用曲:M.I.グリーンカ、C.グルック、A.ハチャトゥリャーン。語り:マリーナ・クンツェーヴィチ、ピアノ:ヴラヂーミル・ブードニコフ。

11/14(土)17:00】極東交響楽団、芸術監督:イリヤー・ヂェルビーロフ、独奏者:ボリース・アンドリアーノフ(チェロ、モスクヴァ)。E.グリーグ/チェロ協奏曲、B.バルトーク/管弦楽のための協奏曲。

11/18(水)18:30】『ジャズは友達を集める』クラシックジャズ作品。演奏:ロシヤ人民芸術家ヴャチェスラーフ・ザハーロフ(サクソフォーン)、地方芸術カレッジのコンサート・ビッグ・バンド、ハバーロフスク文化芸術カレッジの教員アンサンブル『ジャズ・アッソルチー』、ジャズのフェスティヴァルやコンクールで入賞したソリストたち。

11/18(水)18:30地方音楽劇場】音楽アカデミー『新移動展派』、ガリーナ・ヴィシネーフスカヤ・オペラ歌唱センター、極東交響楽団。P.I.チャイコーフスキイ/歌劇『エヴゲーニイ・オネーギン』(演奏会用)

11/19(木)18:30】『21世紀のテノール 20世紀のテノールへ』(マリオ・ランツァに捧ぐ)。国際コンクール入賞者エドゥアールド・セミョーノフ(モスクヴァ)、ナターリヤ・コルシュノーヴァ(ピアノ)。歌劇のアリアや映画の挿入歌。

11/20(金)18:30】バッハの夕べ、生誕325年に寄せて。オルガン音楽の夕べ。国際コンクール入賞者、いのうえひろこ(日本)J.S.バッハ/前奏曲とフーガBWV545、コラール前奏曲「Praise the Lord from the Heavens(詩篇第148篇)」(下記のサイトの案内では「いと高きにある神にのみ栄光あれ」)、フーガ「わが魂は主をあがめ」BWV733

11/21(土)12:00】オルガン音楽演奏会。国際コンクール入賞者、いのうえひろこ(日本)。ゲオールギイ・ムシェ−リ(1909-1989)/組曲より、2つの小品:アリア、トッカータ。ルイ・マルシャン/グラン・ディアローグ。ガブリエル・デュポン/瞑想曲。アレクサンドル・ギルマン/ヘンデルのオラトリオ『メサイア』の「Lift up your heads(汝の頭を上げよ)」の主題による行進曲・作品15。テオドール・デュボワ/In paradise Toccata

11/22(日)17:00】バッハの夕べ、生誕325年に寄せて。『おお、偉大なるバッハ!』。室内楽団『セレナーダ』、芸術監督:イリヤー・ヂェルビーロフ。

11/24(火)18:30プラチヌーム・アレーナ】『ロシヤ、響く心』。M.ピャートニツキイ名称国立アカデミーロシヤ民族合唱団、芸術監督:ロシヤ連邦人民芸術家アレクサーンドラ・ペルミャコーヴァ。

11/27(金)18:30】『王室組曲』。現代の大ギタリスト、シュテパン・ラーク(チェコ)。

11/28(土)12:00】極東交響楽団、芸術監督&首席指揮者:イリヤー・ヂェルビーロフ。P.I.チャイコーフスキイ/組曲『くるみ割り人形』。

11/28(土)17:00】バッハの夕べ、生誕325年に寄せて。室内楽団『グローリヤ』、芸術監督:アンドレーイ・ミルゴローツキイ、ソリスト:ミハイール・アルカーヂエフ(ピアノ)、ユーリヤ・ヴァクーリスカヤ(ピアノ)。J.S.バッハ/2台のハープシコードのための協奏曲ハ短調、ブランデンブルク協奏曲第3番、ハープシコードと弦楽オーケストラのための協奏曲へ短調。

11/29(日)17:00】『あなたの心の温もり』コンサートアンサムブル『極東』。母の日にすべての母親に敬意を表して。

(※チケットの予約&問合せの電話番号32-89-5131-61-34、コンサートホールのチケット売場の電話番号は31-63-68、サイトはwww.phildv.ruです。)

☆サイト情報☆

◎在留邦人向け「安全の手引き」平成2141日改訂版(在ハバロフスク日本国総領事館のサイトの情報です。)http://www.khabarovsk.ru.emb-japan.go.jp/j/ryoji/anzen_tebiki/body.htm

◎『六花』のバックナムバーが読めます。 http://hisgan.fc2web.com

 

 

☆秋の詩☆

青く冴えた月を眺めながら、柄にもなくふと愁いを覚えたりすることがございます。愁いとは秋に心と書きますので、それも自然なのでしょうか。少し寂しいこんな詩に出逢いました。

 

『黄金の林は話し終えた』(セルゲーイ・エセーニン〔1895.10.03/旧暦09.21-1925.12.28〕)

 

黄金の林は話し終えた

白樺の陽気な言葉で。

そして鶴たちは、悲しげに渡りつつ、

もはや誰をも愛おしまない。

 

私は裸の平原に独り立ち、

鶴たちは風に遠く運ばれる。

私は楽しい青春についての想いに満たされる、

けれども過去のなにものも私には惜しくない。

 

私には空しく費やされた年月が惜しくない、

心のライラックの花盛りが惜しくない。

庭では赤いナナカマドの焚き火が燃えている、

けれどもそれは誰をも温めることはできない。

☆ラヂオの冬季周波数☆

NHKワールド・ラジオ日本」放送時間・新周波数表20091025日〜2010328

http://www.nhk.or.jp/nhkworld/japanese/radio/shortwave/all_200910.pdf


 

東南アジア向け>

日本時間   kHz

日本語 11.00-12.00 11860

11.00-14.00 17810

       17.00-19.00 11740

       19.00-02.00 11815

       02.00-04.00  7225

       06.00-07.00  6075

       07.00-09.00 11665

 

<<アジア大陸向け>

 日本時間   kHz

日本語 11.00-14.00 15195

        16.00-17.00

        極東ロシア   6145

        極東ロシア   6165

16.00-02.00  9750

        02.00-04.00  6035

        05.00-07.00  6085

        05.00-09.00 11910

       

 

露語 22.30-23.00  6190

 (以下、極東ロシア向け)

14.30-15.00 11715

     14.30-15.00 11760

     17.00-17.30 6145

     17.00-17.30 6165

     20.30-21.00 6010

      

 


◎ロシヤ国営ラヂオ「ロシヤの声」日本語放送・新周波数表(20091025日〜2010327

日本時間 21.00-22.00  中波 630 720  短波 5920      6085 6180kHz

日本時間 22.00-23.00  中波 630 720  短波 5920 6005 6085 6180kHz

(※受信環境によってラヂオによる聴取が困難な場合がございます。)

HPアドレス http://www.ruvr.ru (日本語直通 http://www.ruvr.ru/index.php?lng=jap

※リスナーズクラブ『日露友の会・ペーチカ』http://www.geocities.jp/pechika041029/


(上記のサイトでインターネット放送(リアルオーディオ&オンデマンド)をお聴きいただけます。)


※ハバーロフスク支局では番組『シベリヤ銀河ステーション』のコーナーに友情出演してくださる方を募集しております。スタヂオ見学もどうぞお気軽に。(21-41-0732-45-46 / 岡田)

※次のサイトからもオンデマンド放送をお聴きいただけます。

http://www.ruvr.ru/main.php?lng=eng&w=145&p=

【編集後記】次号の原稿の締切りは、200912月末日です。趣味のお話し、イヴェント&暮らしの情報、離任着任メッセージ、詩歌やエッセイ、旅の思い出など、みなさま、お気軽に編集担当(岡田和也)までお寄せください職場32-45-46自宅пFax21-41-07/メールokada@mail.redcom.ru)。