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■   空からの憂鬱   ■

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 一人寝の夜はさびしいものね、とマエリベリー・ハーン(メリー)は思ってしまったのである。
 というか思ってしまったが最後、さびしくなるものなのである。

「……しまったわ……」

 ぽつりと後悔を口にしても気持ちが晴れ上がるわけではない。
 むしろ太陽はすでに空になく、辺りには落ち込んだ気持ちを暗示する暗闇ばかりが広がっているのだ。
 太陽が落ちて月が浮かび、音が消え静寂が満たされる、いわゆる夜の時間。
 人口の灯かりでわずかに照らされながら、メリーは自室にて膝を抱えていた。
 まあ、独り寝なんてものには独り暮らしなら慣れていてしかるべきだ。
 メリーもその例に漏れない、むしろ並みの人間よりも孤独には強い。
 境目ばかりを見続けてきた眼は伊達ではないのだ。
 だが、ふっと、忍びやってくるものを押さえ込めるほどに、メリーはまだまだ大人になりきれてはいない。
 こんな日に限って好きなテレビ番組もなければ興味を惹く学術書もない。
 むしろ、あまり明るくない今の自室にてそういった行為を行うことは難しい。

 耐えられるはずだ、などとメリーは甘く考えていたのだ。
 だが、そう易々と苦手なものを克服することはできないらしい。

「蓮子、呼ぼうかな……」

 ためらうのは、こんなに弱い自分を見られたくないからだ。

「……はぁ……」

 憂鬱なため息をついて、布団の中にもぐりこむ。
 畳敷きの床に直接ひく布団にも、ずいぶん慣れてきた。

 かすかに見える境目は、偶発的に生まれたものだと思う。
 気弱な夜は、ただ、この眼が恨めしく思うこともあるというだけのことだ。
 覗かれているのか、覗いているのか、少々自信がない精神状態にはつらい。

 眼をそらし、耳を澄ます。
 実のところ、静かなようであまり静かな夜ではない。
 雨が降っているのだ。強い雨と、強い風。
 それが憂鬱に拍車をかける。むしろ、それこそが憂鬱の原因でもある。
 ため息をついて憂鬱を再度実感した、その時だった。
 チャイムの音が鳴った。
 玄関から聞こえる、来客を告げるチャイムの音だ。
 来客の予定は、覚えている限りなかった。
 ならば、見当はつく。蓮子だ。
 しまった、とメリーは思った。
 蓮子なら、逆に連絡をとらないほうが連絡をとりにくるのだ。
 メリーは急いで布団の中から抜け出る。
 急いでドアの前まで駆け寄るが、立ち止まる。
 今、外の風景は見たくない。
 ヴァーチャルと現実は分けられなければいけない。

 そこには、遮断していたはずの、見ていたくないものが溢れているはずなのだ。
 そして、だからこそメリーはドアを開くことをしなければいけないことも知っていた。
 その溢れている世界を超えて、親友は自分に会いに来てくれたのだから。

 メリーは意を決っした。
 今のまま震えていても、事態は好転しない。
 ガチャリと音を立てて、勢いよくドアを開く。

 一瞬の後。
 雷光で輝いた夜空を背景に。
 叫び声をあげるメリーと。
 カメラのシャッターを切る蓮子で。
 非常に麗しい関係が形成された。

 ゆっくりとメリーは蓮子を見上げる。
 蓮子は、無表情だった。
 その無表情は、メリーが今後七十五日間くらい忘れることができなさそうなものだった。
 むしろ蓮子も忘れさせる気がないだろう。
 そんな邪推をしてしまうような自分の精神状態だった。
 がっしと腕をつかんで、蓮子をドアの中にひきずりこむ。
 バタンとドアを閉め、メリーは不満顔を浮かべる。

「わたしが信用できないのメリー?」
「できるできないじゃなくて、なんの用?」

 かすかに微笑む親友。
 雨で濡れている身体。お互いの家は遠くないとはいえ、近いともいえない。
 これが現実なのだと考えると、メリーの気はずんずんと重くなった。
 なにもかもお見通しでカメラのシャッターを切った親友の気の使いように、甘えている自分が少しばかり嫌になる。

 心配で見に来たくせに、しっかりとその場面を保存する抜け目のない親友に、言葉に出来ない感謝と怒りを感じる。

「メリーってさ」
「な、なによ」
「考えすぎよね」

 そりゃそうね、と言えればどんなに楽か。

「……そんなこと言われても、困るわ」

 本物の雷なんて珍しいわけだ。
 子供のころから数えるほどしか聞いていない。
 そのたびにメリーは思う。
 これはヴァーチャルでいいです、と。
 そうすれば、こんな感情にもためらわずにすむのに。

「苦手なものなら、一緒に怖がればいいのに」
「……それができれば、怖がったりしないわ」

 ため息と共に、蓮子はカメラのシャッターをもう一度切る。
 自分とメリー、二人に向けて。

「私も怖いもん。だから、怖がることなんかないでしょ」

 二人で怯えればいいのよ、なんて甘言はずるいなとメリーは思う。
 そして、決して蓮子が雷を怖がらないことに、メリーは悔しさと嬉しさを感じるのだった。