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■   しめもの   ■

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「どうして慧音は孤独にモサモサ注連縄編んでるのさ?」

 戸口を開いて藤原 妹紅が開口した一言は、まずそれだった。
 戸口を閉めた両手をポケットへ収めた妹紅に、上白沢 慧音が答える。

「そろそろ年末だ。これも片付けておかねばならないと思ってな」

 それはわかる。
 神社や屋台に飾られているような立派なものではないが、作り手の想いが込められた、優しく繊細な手製の注連縄。
 細く白い慧音の指先で編まれた注連縄は、作り手の意思を受け継いだように、細くしっかりとした根のある形をしている。
 それはわかる。

「……で、注連縄って一家に何本だっけ?」

 わかるが、このうず高く詰まれた藁の山はなんだろう。
 山は言いすぎだとしても、部屋の一角は占領している。
 これだけあれば、牛の寝床もいけるんじゃなかろうか。

「寝床じゃないよね?」
「私を侮辱しているのか、妹紅。牛じゃあるまいし」

 誰も牛とは言ってないが、慧音が布団できちんと寝る性格だということを妹紅は知っている。
 それなのに、といった感じだったのか、慧音は本気で気分を害しているような口調だった。
 妹紅は慌てて話題を変える。

「ごめんごめん。ただ、それぐらい藁があるなって思っただけ」
「ざっと百本くらいはやらなければならないからな」

 百本以上じゃないか? と妹紅は思ったが、関心は別のところにある。

「話は戻るけど、一家に何本かけるものだっけ?」
「原則は一本だが……いや、待て妹紅。なにも私一人でこれを全部使うとは言ってないぞ」

 まさか、といった慧音の口調に、いやねぇ、と応じる妹紅。

「わたしも一人で使うとは思っちゃいないけど、けどじゃあどうするのかなって思うわけじゃない?」
「ああ、そうか。そうだな……」

 慧音は少しばかり思案した後、再び口を開く。

「ハクタクである私の手から生み出された注連縄なら安心だと、以前から人々に言われていてな。知らないうちに、こうするしかない事態となっていた」
「……いや、なんで?」
「この国では昔、私の半身である『白沢(ハクタク)』の絵が親しまれた時があったらしいな」
「慧音の半身が?」
「災い除けのお守りとしてな。理由はわからんが」

 慧音の話に妹紅は頷く。
 そうした過去の幻想なら、今の幻想郷には馴染み深いものなのだろう。
 そしてその実態が眼の前にいれば、すがりつきたくもなるものなのだろう。

「なんだ、なにを勝手に納得しているんだ妹紅」
「いやぁ、血は争えないもんだねって思っただけだよ。慧音と同じだからさ」

 別に注連縄のことではなく、妹紅は普段の慧音を思いながらそう言った。
 教師としての側面以外に里の守護者としての側面を持つ慧音には、まことに過去の幻想が息づいているというにふさわしい。

「……絵は絵だ。私とは関係がない」

 顔を背けてモサモサに集中する慧音の顔は、ほんのりと赤い。

「でも……大変でしょ?」

 それはそれ、これはこれだ。
 慧音の腕は、あくまで人間の腕だ。ましてや今は満月ではない。
 気遣いを含んだ妹紅の言葉を、しかし慧音は首を振ることで拒絶する。

「大丈夫だ。それに、私の手から生み出さないことには、村人に対して申し訳がない」
「少しぐらい力抜いたって、ばれやしないってば」

 丁寧に几帳面に注連縄を編む慧音にそう言う妹紅。
 じろり、と慧音が視線を向ける。
 そういう性格だったなと思いながら、妹紅はため息をついて慧音の横に座った。

「……なんだ、横に座って」

 怪訝な口調の慧音に向かって、妹紅は軽い口調で答える。

「独りでモサモサしてると息が詰まるでしょ。だから、一緒にいてあげる」
「ああ、だが……なぜ?」

 妹紅はふたたびため息をつく。今度は先ほどと違った意味でのため息だ。

「まああれだよ。慧音のモサモサしてるところを見るのが楽しいの。それじゃダメ?」

 過剰な気の使い方をして、変な気の使い方にも気をまわす。
 そんな半人に対して、蓬莱人は遠慮のない言葉を使う。

「気を置かない仲なんだから、なんて言ったら言いすぎかな?」

 片眼で意思表示をする妹紅の意思に、慧音はようやくここで気づく。

「……いや、すまない。ありがとう、妹紅」

 わずかばかり、慧音の肩から力が抜ける。

「だから、それが置いてるんだってば」

 笑いながら横を向くのは、少しばかりわざとらしかったからだと自分でも思うからだ。
 だから、妹紅は話題の方向性を変える。

「頼まれたって、まさか村人全員じゃないよね?」
「まさか。頼まれたと言っても、それほどではない。どうしても、と強く頼まれた者だけだ」
「例えば?」
「人手がどうしても足りない者、村長やそうした立場にある者、個人的な関わりのある者、……」

 それって結局ほとんどの人じゃないの、と妹紅は口を挟むのをためらった。
 慧音のことだ、里のためなら「一部」も「全体」も一緒なのだろう。

「……、重蔵じい様、森の見張り番、十六夜 咲夜、森近 霖之助、それと……」
「ん?」

 なんとはなしにおかしな単語が含まれていた気がする。
 妹紅は慧音に怪訝な瞳を向けながら、ちょっと聞いてみる。

「犬に注連縄を渡すなんて、狛犬みたいだねぇ」
「そんな立場では、あるだろうがな」
「そんなところからも頼まれてるの?」

 一瞬のためらいの後、慧音はふたたび口を開く。

「私でないとだめだというモノ達も、結構いるわけさ」

 結構、か。妹紅は内心でそう呟く。
 里人だけでなく、むしろ人以外の頼みにも甘いらしい。

「慧音でないとダメ、か。ずいぶんと贅沢な相手らだね」
「そういう立場の者なのさ」

 そして私は一介のハクタクに過ぎない、と慧音は付け加える。
 なかには断りにくいものもいたのだろう、と妹紅は余計なことを考える。

「ねえ慧音」

 考えの深みにはまる前に、今の時間を優先する。

「なんだ妹紅」
「腕、疲れない?」
「大丈夫だ」

 腕が上がらなくても大丈夫だと言う半人であることを、妹紅は知っている。



 数日して、何人もの来客が会った。
 人でない客も、また。

「ねえ慧音」
「なんだ妹紅」
「いくらなんでも悪魔が注連縄持ってくのは、やっぱり間違ってない?」
「妹紅、彼らは日本古来の風習に興味を持ってくれているんだ。そんな言い方は良くないぞ」

 はたしてあの悪魔の犬にそんな意図があったのだろうか、妹紅はぼんやりと慧音の手を見ながら考える。
 たぶん慧音の「内を守り、不浄なものを寄せ付けない効果がある」との言葉に興味を示したのだろうが、そもそも内に不定なものがいたらなんの意味もないのではないだろうか。

「むしろ人間除けかなぁ」
「なんの話だ?」

 妹紅の脳裏には黒白の人間が浮かぶが、はたして注連縄は人間から悪魔を守ってくれるのだろうか。
 なにせ人間好きが作った代物、そこはかとなく被害をこうむるのは住人側かもしれない。
 というかその人間も確か慧音の口からあがった気がするが、うまいこと相殺されてしまいそうな気がするのは気のせいか。
 そこまで考えて、妹紅は考えるのを止めた。
 考えることが出来なくなったからだ。

「……おい、妹紅」

 殺気が慧音にも伝わる。かすかに熱気も感じられるのは、眼前の相手が妹紅にとって正気でいられない相手だからだろう。

「あら、あなたもいたの?」

 だが眼前の人物は平静すぎて、逆に人間味が薄く感じられる。
 輝夜の微笑む姿に、妹紅は息が荒くなる。

「なにをしにきた、輝夜」

 絞り出すような声。相手のいかなる返答も許す気はないと言う、拒絶を前提とした問い。
 妹紅の硬い声に、輝夜は柔らかな声で返答する。

「あなたがいたのは予想外。今日はあなたと殺し合いにきたんじゃないのよ」
「用があるのは、私のほうにだ」

 しかし慧音はこんな時にでもモサモサしてるんだな、と思うと妹紅は少しばかり不安になった。
 少しばかり漏れ出ていた炎をあわてて収める。引火したら洒落にならない。

「頼んでおいた注連縄は出来ているかしら?
「そこの『蓬莱山輝夜』という札がついたやつがそうだ。持っていくがいい」
「じゃあ、もらっていくわね。イナバ」

 横から出てきた鈴仙・優曇華院・イナバと因幡 てゐの二人が、姫の注連縄を代わりに持つ。
 輝夜一人でも十分な量なのが実情だが、やんごとなき姫君の手を煩わせることはできないのだろう。

「悪いわね、手間をかけてもらって」
「気にするな。永遠亭の薬には助けられている時も多い」
「その腕も、後で永琳に診させるわ」
「……なんの話だ?」

 少しばかり疲れの見える腕を気にした素振りもなく、慧音は作業を続ける。
 そういうしらばっくれた慧音を見抜く輝夜の眼を、妹紅はくりぬいてやりたいと思う。

「……あまり慧音に関わるな」

 思わず妹紅から漏れ出たのは、そんな一言。

「嫉妬? こんなものでしていたら、わたしは楽しくて仕方がないけれど」

 覗き窺うような輝夜の涼しげな瞳。
 ああ、いけすかない。
 妹紅の胸に炎がともる、あの涼しげな瞳に炎を注ぎたいと心が叫ぶ。
 ゆっくり、両腕をポケットから羽ばたかせる。

「どういう意味かわからないが、この冬の時期に、お前の目は寒すぎるんだ」
「嫉妬の炎で暖めていただけるのなら、もう少し炙ってあげようかしら?」

 そういうことか、と納得して、妹紅の心で新たな火がともる。
 喜びとともに。
 目の前の相手が、自分と殺しあうことを欲しているという事実に。

「おい、二人とも」

 剣呑な気配を感じた慧音は、作業の手を止めて止めに入ろうとする。
 しかし、それが可能だと知るほどに慧音は愚かではない。

「止めないで、慧音」
「ハクタク、被害は出さないわよ。そんな真似、するならわたしがしてあげるから」
「お前ら、少し頭を冷やせ!」

 慧音の怒号も、殺し合いを求める二人の耳には聞こえない。

「まず、眼かな」
「燃えるほどに、燃え尽きてしまいなさい」

 飛び立つ二人に残された者たちは、各々の場所へと帰っていった。
 屋敷の主である、慧音を除いて。



「ただいま」
「ここはお前の家ではない」

 戻ってきた妹紅に、慧音はひどくキツイ言葉を放つ。
 全身黒こげ、服はぼろぼろで血痕だらけ、身体にも多数の生傷があった。

「……年末くらい、おとなしくできなかったのか?」

 慧音の口調には、だが、責める以外の色も混じっている。
 バツが悪い妹紅は、認めたくない本音の一欠けらを、慧音だからと納得させて漏らした。

「年末だから、さ」
「……?」
「逆に、すっきりさせないとまずいのよ」

 ただでさえ、今年は殺しあう回数よりも呑み会う回数のほうが多かったのだ。
 紅に染まる時がなくなるのが好ましいと思えるほど、妹紅の炎はまだ静まっていない。

「……難しいな」

 わかるようでわからない、止めさせたいのに止めさせられない。
 両腕の動きを止めぬまま、慧音はわずかばかりの憂鬱を、輝夜と妹紅の間に感じた。
 妹紅が先ほど、慧音と輝夜の間にそれを感じていたのを知らないままに。

「……まあ、今年はもう燃やさないよ」

 自身の両腕を見つめて、妹紅はそう呟く。
 慧音の白い腕を見ていると、少しばかり、自分勝手に使いすぎる腕かもしれないとは思う。
 人助けをしたり、里の手伝いをしたり、以前よりは広がった力の使い方。
 けれど、それらのことで時間を使うことはもう今年はないだろう。
 残り少ない時間、宿敵を求めない両腕。
 最後に求めたものが宿敵の消し炭では、少しばかり悲観的で蠱惑的すぎる。
 ならば、その両腕をなにに使おうか。
 妹紅はぼんやりと、そんなことを少しばかり考えた。

「妹紅、風呂が沸いたぞ」
「……あ、うん」

 部屋の奥から聞こえる慧音の声に、妹紅は慌てて頷いた。



 ちょくちょく年末の時間をぬって、妹紅は慧音の元を訪れた。
 正確には慧音の時間をぬって、妹紅が会いにきたと言うほうが正しい。

「今日は何人くらいかな?」
「わからないな。もう、だいぶ渡し終わったと思うが」

 色々な人間、妖怪、たまに妖精も混じりながら、慧音特製の注連縄を持っていった。
 もさもさ、もさもさ。
 慧音は次第に口数少なく、もさもさもさもさと口ずさむようになった。妹紅はそんなふうにも思えてくる。

「……喋ろうよ、慧音ー」
「……」
「慧音?」
「……こう、一つのことに取り掛かると、最後までやり遂げなければいけない性分でな」

 妙に納得して頷く妹紅。
 人間の里のことから妖怪との交渉、様々に多忙な慧音だが、本来は一つのことを物静かにやり遂げるタイプでもある。
 年末に残る最後の仕事、という事情もあって、慧音の身にも気合が入っているのだろう。
 そういう場合、多少気を抜くタイプが妹紅であるだけに、関心と同時にため息も少しばかり漏れる。
 そう、まるで、自分のことさえも忘れてしまっているのではないか。

「上白沢 慧音さん?」
「……どうした、変な呼び方をして」

 そんなことはなかったようだ。
 なかったようだが、妹紅にとっては少しばかり不安に見える日々がすぎた。



「さて、これで頼まれたぶんは終わりか」

 息をつきながら肩を下ろす慧音。

「おつかれさま」
「ありがとう、妹紅」

 両肩を揉む妹紅の手が心地よい。

「それと、ほら」
「ん……これは?」
「お前のぶんだ」
「いや、でも」

 少しばかり悪い感じがして、妹紅は受け取りをためらう。

「受けとってくれ。お前がいてくれたから、気も休められたんだ」

 そう言われると、逆に受けとらないことが悪く思えてくる。
 差し出された最後の一本を、妹紅はゆっくりと受けとる。

「ん?」

 受けとって、妹紅は疑問の声を漏らす。

「どうした妹紅」
「慧音のぶんは?」

 周囲を見回す妹紅の瞳は、もう、たった一つの注連縄も見出せない。

「ああ……そういえば、私のぶんも必要だったな」

 今更ながら、と言った口調で慧音は呟く。

「まあ、いいさ。後でゆっくり作るとしよう」
「後って、もう少しで日が変わるんじゃない?」
「それでも仕方あるまい。私だけなら、問題ない」

 疲れているんだ、といった口調で答える慧音に、妹紅はふっと聞いてみた。

「……あのさ、慧音」
「なんだ、妹紅」

 慧音の肩から両腕を離しながら、妹紅ははっきりと胸の中の言葉を編んだ。

「注連縄の作り方、教えてくれないかな」

 ゆっくりと、疲れて閉じられていた慧音の瞳が開いてゆく。
 上方へ四十度近く、そこには白い妹紅の顔がある。

「かまわないが……どうして?」
「あ……えーと、さ」

 そこに至って、どうしてか妹紅は言葉を濁す。
 微妙な表情は、どこか恥ずかしさを含んでいるように感じられる。

「わたしの注連縄で、その、慧音のぶんにならないかなって」
「……」
「わたしのなんかじゃ、御利益なんかないんだろうけど」

 今年の最後に、慧音のために、慧音の真似でもしてみようか。
 どうしてそんなことを思ったのか、妹紅自身はわからない。
 ただ、ハクタクは人々のために注連縄で大切な場所を守る。
 ならば、藤原 妹紅は上白沢 慧音のために、注連縄の一つでも編んでやろうかと考えたのだ。

「……そんなことはないぞ、妹紅」

 上白沢 慧音は、やわらかく微笑む。
 今まで固めていた、ハクタクとしてではない、慧音としての表情で。
 大切な親友に作られた、気のおけない空間。
 その一時の中で、その場所を守るための、祭事の準備を行う。

「利益じゃないんだよ、妹紅。大切なのは、場所を作ろうとする想いなんだ」
「……慧音の言ってることは、たまに曖昧で難しすぎるね」

 難しい顔をして、妹紅は慧音から視線を外す。
 わずかに顔を赤らめながら。
 口調とは裏腹に、妹紅は慧音の言うことをわかっている。
 わかりにくいわけではないし、難しいわけでもない。
 ただ、慧音の言うことは、真顔では言うのも聞くのも恥ずかしすぎるというだけだった。

「……ほ、ほら! 早く教えてよ、さっさと年末になっちゃうから」

 慌てて、妹紅は本題に入ろうとする。

「そうだな。初めてで編むのは、少しばかり難しいかもしれないが」

 編みあがるまでの時間も、大切な時間として、思い出として編まれるだろう。
 歴史の半獣の慧音にとって、それは喜ばしいことだった。
 灯火(ともしび)の柔らかな暖かさのなかで、半獣と蓬莱人のある一年は、注連縄とともに編まれて綴(と)じてゆく。
 大切な場所を作り上げる、思い出とともに。