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■   興(きょう)   ■

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「……ハッ!」

 かけ声と共に。
 とん、となにかが地上を転がる音が生れる。

「ひゅー、やるなぁ」

 魔理沙が感心の声をもらす。
 視線の先には、三つのナイフを抱えた林檎が一つ。
 鈴仙の耳に挟まれていた林檎は、咲夜のナイフに射抜かれて地上を転がっていた。

「ウサギ危機一髪にならなくてよかったわね、ウドンゲ」

 永琳のコメントに対して、鈴仙は視線で不満を表明する。
 だが、彼女をナイフの土台にさせた張本人はいたって笑顔が爛漫だ。

「いつ見ても、感心の腕だな」
「それほどでもないわ」

 魔理沙が賛辞をおくる間に、咲夜の手には投じたナイフが収まっていた。
 咲夜が歩を進めた形跡はない。いや、動いた形跡すらほとんど見受けられなかった。

「いやいや、いい余興になったぜ」
「ちょっと単純過ぎるなら、もう少し凝ったこともできるけど」
「それは花見の余興には、ちょっと向かないと思うぜ。それぐらいでいいんだ、それぐらいで」

 時間を操れば、今以上の娯楽を提供することは容易い。
 だが、それはしない。
 それは、今の時間にはふさわしくない。

「……そうかもしれないわね」
「派手すぎるのも、考えものだぜ」

 魔理沙と会話をするうちに、鈴仙と永琳は輝夜の元に戻っていた。
 どうやら妹紅とのひと悶着が終わったようである。
 咲夜もレミリアの元へ戻ろうとした、そんなとき。

「ナイフ捌きや時間操作なんて能力があるなら、芸師なんかも似合いそうよね」

 魔理沙の横で酒を口に含んでいたアリスが、突然話題をふる。
 ちょっと顔が赤い。

「そういった時期も、あったことはあったけれど……」

 咲夜はなにかを思い出すように眼を伏せながらアリスの話題にのる。

「今そうなったら、生きる目的がなくなってしまうわね」
「目的?」

 怪訝な顔を向けるアリスと魔理沙に、咲夜はよどみなく返答する。

「主と同じ時を過ごし続けること。今の私が求めているのは、そんな「時間」なの」

 実のところ、レミリアの席は今いる場所から非常に近い。
 むろんレミリアに届いているだろうが、臆面を見せず咲夜はそう語った。
 結果、酒以外の理由で魔理沙とアリスの顔が熱くなる。

「あー、酒以外で熱くなっちまったぜ。アリス、もっと飲め」
「ちょ、あんまり注がないで……!」

 器から溢れ出すほどの酒を注がれるアリスから視界をそらして、咲夜はレミリアの席へ向かった。

「あまり恥ずかしいことを言うのは、瀟洒ではないわね」

 従者としての距離を保ちながらレミリアに寄り添って、言われたことがそれだ。
 レミリアは血のように紅いワイングラスを眺めながら従者をたしなめた。
 しかし、不満な様子はない。
 むしろ、苦笑しているといった感じだった。

「申し訳ありません。少々、酔わされたようですわ」
「いったいなにに?」

 レミリアはからかうように咲夜を見つめる。

「さて、いったい何にでしょう。お嬢様には、おわかりですか?」

 返答する咲夜の口調も、真剣な問いかけではない。
 席に戻る咲夜を眺めて、次第にレミリアは空に目を転じる。

「わかるわけないでしょう? わかってしまったら、興はなくなるわ」
「知ることは、興を失うことでしょうか?」
「さあね。わかるのは、それもまた興だということよ。なにもかも……一夜の夢のような、興だということね」

 レミリアは手元のワインを口に含み、ころがす。

「宵も、酔いも、いつかは消えてなくなる。ならば、その時を味わうだけ」
「……お嬢様も、酔わされているようですね」
「それがなんなのか、お前にはわかるかしら」
「わかりますわ」
「……へえ?」
「でも、言いません」
「どうして?」
「いったら、興がそがれますわ。私はもっと……お嬢様との興を過ごしたいのです」
「答えになっていないわね」
「お嬢様が始めたことですよ」
「ふふ、そうね……」

 周囲に眼を向ければ。
 赤ら顔の魔理沙が、林檎を頭にのせた鈴仙に八卦炉を向けていたり。
 輝夜と妹紅が酒の飲みくらべをして潰れていたり。
 幽々子に寄りそいながら眠る妖夢が見えたり。

「解けない問いかけを続けることも、また興のうちかしらね?」



 今日は過ぎゆく。
 ならば。
 酔いに身を任せ、宵を、興を慈しむ。
 各々の興は、今日だけのもの。



 そんなある日の宴会風景。