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■   霧雨の憂鬱   ■

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「なあアリス。なんで人形を、造るんだ?」

 霧雨魔理沙の一言に、アリス・マーガトロイドは怪訝な表情を浮かべる。
 アリスの知る魔理沙は、少なくともそんなことを口にする人間ではないからだ。

「らしくないわね。そんな問いかけより、なにを造ったのかを聞くのがあなたという人間じゃないかしら」
「たまにはいいだろ。そんな気分の日もあるさ」
「弱気ね。求めることが、怖くなった?」
「怖くもなるさ。人間だからな」

 ――いつかナクナルということは、それほどに恐れることなのかしら?――

 弱気に呟く魔理沙の感情が、アリスには理解できなかった。
 恐怖という概念をアリスに植えつけることができる存在は、幻想郷の中でもそう多くはない。
 人間と違って、不慮の事故や、裏切りで容易くやられることもありえない。
 不思議ね、とアリスは思う。
 魔理沙とアリスは、魔法使いでありながら肉体と土台が異なる。
 そんなことで、同じ『魔法使い』と名乗りながら理解することができなくなる。異なる存在なのだと思わされる。

「滑稽だわ。あなたは、この幻想郷でも有数の力を持っている。なぜ、今そんなことを考えるの?」
「どうなるのか、くらいは考えるさ。短いからな」

 短いとは何のことかしら、とアリスは考え、それが寿命のことだと思いつく。

「本当に、らしくないわね」
「本当にな」
「あなたは、殺しても死ななさそうなのにね」

 皮肉をこめたからかいに、魔理沙は表情を変えずに答えた。

「殺したら、死ぬさ」

 今日の霧雨魔理沙は、嫌に弱気だった。
 弱気すぎた。

「どうしてか、アイツだけは諦められない。でも、遠く感じる。だから、心に霧がかぶる日もあるのさ」

 詩人なことを言うのね、アリスは心の中で呟いた。
 まるで少女のように心中を吐露する、普通の魔法使い。
 アイツ。幻想郷でも特別で、そのくせ魔理沙と同じ人間で、アリスとは違うアイツ。
 思わず、口元が歪んでしまう。

「ああ、ごめんなさい。あなたが、『可笑しく』てしかたなかったから」
「なんだって?」
「わたしの知る霧雨魔理沙は、そんなふうに弱みなんて見せない捻くれ者なのに。だから、可笑しくて」
「……弱いぜ」

 その一言が、アリスの勘に障る。

「やめなさい。あなたらしくもない」
「それは悪かったな。だが、これも私の一面だ。嫌ってくれていいぜ」

 霧雨魔理沙も、憂鬱になることがあるのだろうか。
 だが、それに付き合わされてはたまらないと考えるのが、人間の恐怖を理解できないアリスである。

 ――かつては理解できたのかもしれないが、人間でなく、また魔界人でもない、『魔法使い』であるアリス・マーガトロイドにとって、それは厄介な難題でしかなくなっている――

「不快の対象なら、排除するわ。妖怪だものね。これで満足かしら?」
「ああ、満足だぜ。悩む必要もなくなるからな」

 ゆっくりとアリスは、魔理沙に近づく。
 両手を、魔理沙の首にかける。やけに細いなと感じながら、アリスは呟く。

「ああ、もしかして……あなたは魔理沙じゃないのかしら?」

 アリスは、再び微笑む。
 そのアリスの表情を見た魔理沙は、背筋に少しばかり寒いものを感じる。

「うっかりしてたわ。そうよね。そういったことも、あるかもね」
「……なんのことだ?」

 妖怪の微笑を浮かべながら、人間に対してアリスが言った。

「あなた、魔理沙じゃないのよ。知らないうちに魔理沙のふりをする、わたしが作った人形の一体なのよ」

 うっとりと、愛しむように、アリスは魔理沙の瞳をのぞき込む。

「かわいそうに。自分が人形であることを、忘れてしまったのね」
「おい、勘違いはいい加減にしろよ。私は、本物だぜ」
「そうね。あなたが本物であるという証明が出来たら、良い加減にするわ」
「人形が、こんなハートウィーミングな体温をしているのか?」
「しているのなら、コレクションの一部にするわね」
「人形が、こんなふうに呼吸や息切れを、するのか?」
「たとえ『自立』人形でも、人形は人形。するはずがないわ」
「そもそも魔力の流れがお前と関係ない人形は、幻想郷にどれだけいるんだ?」
「なら……あなたは、どうすれば霧雨魔理沙なのかしらね?」
「始めから終わりまで、私は『変』わっていない。『おかしく』もなければ、『可笑しく』笑われるような者でもない」
「じゃあ、それでいいじゃない」
「私だって悩む時くらいはあるさ。お前がよくやるようにな」
「わたしには、悩みなんてないわよ」
「代わりに考えてやったぜ、感謝を要求する」
「……頭が痛くなるわ。やめて」
「持ちつ持たれつだ」
「いつまで、こんな戯(たわむ)れを続ければいいのかしら?」
「戯れじゃないからさ」
「そう。なら、お遊びはおしまい」

 伸ばした両手が細首をつかみ。
 アリスは、魔理沙の首に力をこめ。
 うめく魔理沙を眺め。
 ひどく生気を感じさせる、苦悶の表情を見つめた後。
 死ぬ一歩手前で、手を離した。

「人間って、脆いのね」
「……ああ。だから、怖いだけさ。怖いだけなんだ」

 うめきながら、魔理沙はそう呟く。
 そんな魔理沙を、アリスはゆっくりと抱きしめた。

「止めろよ。似合わないぜ」
「似合うばかりが、人生じゃないと思うわ」
「……妖怪に人生を説かれたら、私も終わりだな」

 苦笑して、魔理沙はアリスにもたれかかった。

 外には陽の光が寸毫もささぬ、雨粒の襲来があった。
 そこには淡い梅雨の風情などなく、ただ雨という恐怖のみがあった。