--------------------------------------------------

■   表裏一体   ■

--------------------------------------------------






「実は私、結界が操れるようになったのよ」
「凄いわねメリーではさっそく結界を越えて調査に行きま「ごめん蓮子ほんとうにごめん」」

 だから手を離してくれないかしら、とマエリベリー・ハーンことメリーは友人の宇佐美蓮子に謝罪した。
 悪いことをしたら謝る。物事を円滑にまとめるにはよい手段だ。
 だがメリーの心からでない謝罪を親友である蓮子は悲しみの表情で受け流した。

「ごめんなさいメリー。今日はあなたの言葉が全て嘘に聞こえるの」
「じゃあ結界が操れるようになりました」
「うん行こうかさあ行こうか」

 どうしてそれだけは信じるのよ!? などというスプラッシュマンテンなみの叫びを上げても、蓮子の手の力は緩まない。
 スプラッシュマウンテンは叫んだりしないが。問題はそこでもないが。

「いいメリー。あまりにも真実に近すぎる嘘は、真実と変わらなく見えるものよ」
「今日はエイプリルフールだということを覚えてるでしょ?」

 イベント大好き、行動活発突っ走っても理知的で冷静な蓮子がこんな楽しげな一日を忘れるわけがない。

「ええ覚えてる。でもくだらないじゃない」
「……え?」

 メリーは思わず間の抜けた声を上げてしまった。
 今この部屋には、蓮子とメリーの二人しかいない。が、大学の学友がそこにいれば百円札くらい珍しいものを見たと言うだろう。
 学内では知的で通っているメリーはすぐさま表面の顔を作り直す。
 蓮子の前でああいった顔を見せることは珍しくないが、崩れっぱなしの顔はメリーのプライドが許さない。

「で、でもエイプリルフールよ? 蓮子って、そういうイベントが好きそうな感じがするけど」
「……はぁ」

 再びメリーの表情を崩す事態が生じた。
 落ち込んで視線をメリーから逸らす蓮子など、なかなか見られるものではない。

「メリーだけは違うと、思っていたのにな」
「蓮子? その、あの」

 意外なほどに重い蓮子の言葉で、メリーの心に罪悪感がわきあがる。
 わきあがってくる罪悪感は、言葉としてメリーの内部に沈殿していく。
 蓮子はイベント好きで騒がしい。
 秘封倶楽部の活動でも自分を引っ張りまわし、面白そうなことにはまるで眼がない。
 蓮子自身、おそらくその自分の傾向を否定することはないだろう。
 だが今日のイベントは、エイプリルフール。
 他人を騙して楽しむ日だ。
 それを好む人間だろうと他人に言われれば、傷つく人間がいてもおかしくない。
 該当する人間に蓮子がいたとして、なんの不思議があろう。

「ごめんね蓮子。その、わたしが悪かったわ」
「わかってくれればいいわ。わたしだって、好きなことや嫌いなことがある。メリーを巻き込んで困った顔を見るのは大好きだけれど、エイプリルフールに見知らぬ他人を騙して心の中で笑ったりなんかしないわ」
「――」

 なんだろう。蓮子に対して感じていた罪悪感とは違う違和感がメリーの心にわきあがる。
 さきほどの蓮子の台詞をリピートしながら疑問を意識する。
 果たして本当に宇佐美蓮子と言う人間は、こういうイベントを好まない人間なのだろうかと。

「メリー?」

 そういえば、先ほどから蓮子には驚かされてばかりだったとメリーは思う。
 いつも驚かされているのだ、今日くらい驚かしてやろうと思って発した限りなく真実っぽい嘘。
 自分の能力の拡大。本当に、境界が操れるようになっているのだとしたら――。

「――」
「えっと、なんでそんなに目つきが鋭くなってるんでしょうかマエリベリーさん?」

 思わず名前で呼んでしまう蓮子。

「蓮子、あなた――」
「うん?」

 なにごとか言いかけて、止めた。
 騙された証拠があるわけでも、騙された気もない。
 騙されたと思い始めたから、蓮子の言動がうさんくさく思え始めただけだ。
 ふぅとため息を吐いてメリーは椅子に座りなおした。

「もういいわ。あなたの言うとおり、エイプリルフールなんてくだらないわね。わたしが悪かったわ」
「そうよね。嘘をついてもいい日だなんて、バカげてるわ。どうしてあるのかしらね」
「嘘をついても関係が変わらない人達なら、笑って過ごせちゃうからじゃないかしら」
「騙されても笑ってられれば、それは幸せだもんね」

 どうしてか蓮子は微笑んで、メリーは呆れ顔を浮かべた。

「じゃあ、結界でも見つけに行こうか? 操れるようになったんでしょ?」
「……ええ。もうそういうことでいいわ」

 オーケーオーケーと笑う蓮子が先導してメリーの腕をつかむ。
 今度は抵抗することなく、メリーも蓮子に従う。
 そしてさりげなく、聞いた。

「でも今日はこれから夕食に付き合う約束でしょ。……覚えてる?」

 振り向いた蓮子は、申し訳なさそうにこう言った。

「ごめん。場所を忘れちゃったから、メリーが『本当と嘘の境界』を操って思い出させてくれると助かるね」

 苦笑してメリーは店の名前を告げた。
 二人でよく行く、忘れようもない店の名前を。

 ばかばかしい嘘はつくものではない。
 本当に近すぎる嘘は、真(まこと)とされても文句は言えない。
 それを見抜けるのは、嘘も真も合わせのむことができる親友だけなのだから。