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■   華の戯れ   ■

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 だらしなく広がった全身から、地面の暖かさが伝わってくる。
 霧雨魔理沙は、適当に降りたった花畑に身を横たえていた。
 警戒のための魔力を周囲に配置することは忘れなかったが、いつもよりズボラになっている自分をどこかで感じていた。
 季節は春。
 今の幻想郷は、季節どうりに花が満開だ。
 見上げれば、ここでも花盛り。
 今の幻想郷は、すばらしいほどに花が満開だ。
 いや、むしろ満開過ぎた。
 桜、向日葵、野菊、桔梗、等々。
 季節を無視した花が色とりどり。
 魔理沙が横たわっているこの花畑と同じことが、今、幻想郷中で同じように起こっていた。
 今の幻想郷は、花で充ち満ちている。
 魔理沙が背を預けている大地の周囲にも、一面の黄色い花が咲き乱れている。
 真っ青な空と、睨むような太陽の光。
 ひなたぼっこにも最適な日。
 穏やかな光と風に身体を預け、魔理沙は身体を休める。
 異変に気づいた朝から周囲を飛び回り、怪しそうなやつと弾幕ごっこを繰り広げた。
 その疲れが、次第に身体へと染み渡ってくる。
 霊夢との弾幕ごっこに負けてから、まだそれほど時間はたっていない。

(……また、負けたな)

 霊夢とする弾幕ごっこは、珍しくない。
 くだらない口げんかから、弾幕を展開することもあるくらいだ。
 そんな時の勝率は五分五分で、負けないこともない程度に勝つことは出来る。
 だが、先ごろの永夜異変などの際に展開された『弾幕ごっこ』などでは話が異なる。
 異変を解決すべく行う巫女との『弾幕ごっこ』において、魔理沙は勝利をおさめたことが一度もない。
 月の夜、竹林の中で繰り広げられた『弾幕ごっこ』に、魔理沙は敗れた。
 ただ、あの時は魔理沙の推測が外れ、霊夢の勘が正しかった。
 だから、魔理沙はそのことについて、納得はしている。
 けれど事件が起これば、いつも正しいのは霊夢の勘であり、魔理沙の推測ではない。
 たとえ魔理沙の推測が正しくとも、『弾幕ごっこ』で魔理沙が霊夢に勝てたことは、今まで一度もない。
 なぜなら幻想郷の異変を解決するのは巫女であり、普通の魔法使いではないからだ。

 霊夢は、良い知人だ。
 魔理沙は、友人だと思っている。
 加えて、ライバルだとも考えている。
 ライバルの手合わせなら、殺しあわない程度に真剣を演じられる舞台が望ましい。
 魔理沙は真実に近づけば近づくほど、求めれば求めるほど、霊夢に勝つことが出来ないのではないかと思えるときがある。

「……まぁ、今回はもう引くとするか」

 霊夢も、今回の異変に関して手がかりを持っていないようだった。
 勢いで出てきてはみたものの、魔理沙も手がかりを持っているわけではない。
 次第、この花の祭りを楽しんだ方が良いのではないのかと想えてきたくらいだ。
 そんな心境で、ぼうっと空と花畑を見上げていた時だった。



「あら、まだ生きてたの。ねえ、あなたの寝ている場所は気持ちよいかしら?」



 向日葵の向こうから、聞くには恐ろしい声が聞こえてきたのは。
 相手を認識するより早く、距離を取るほうが早かった。
 聞こえてきた声の場所とは逆の方向へ、身体を飛ばす。
 反動で帽子がずり落ち、視界をさえぎる。
 舌打ちしながら、相手に動いた気配がないことに感謝する。
 ゆっくりと、帽子の位置を直しながら確認する。
 気配をまるで感じさせなかった相手の姿を、視界で捉える。

「久しぶりね」

 久しぶりという言葉を発した唇は、不敵な笑みが似合いそうな可愛らしさがあった。
 だがその瞳は、唇ほどには冗談が通じそうにない雰囲気が感じられた。
 はて、と魔理沙は考え込んだ。
 眼前の少女を以前見た覚えがあるような、ないような不思議な感じがしたからだ。
 見覚えはある。確実に、魔理沙はその瞳を知っている。
 だが、その姿は見知った者と異なっていた。
 魔理沙の知っている少女は、スカートなど履かずにもんぺを履いていたし、眼前の少女のように短髪ではなく腰ほどの長髪だったはずだ。
 ただ、魔理沙は二人の少女の共通点にも気づいていた。
 二人の少女に共通するのは、赤を基調とした服装、自然を思わせる緑色の髪。
 ――あれから随分たつ。
 自分も成長した。
 なら、もしかしたら妖怪の少女も変化したのかもしれない。
 それにもうひとつ、気づいたことがあった。
 妖怪の少女は、花を操る能力を持っていたこと。
 そして、花が咲き乱れる今回の異変。
 これらを考えれば、彼女が現れるのはおかしいことではなかった。
 魔理沙はそう結論づけて、急いで口を開くことにした。
 なぜなら魔理沙の知る少女は、とても気まぐれで、とても短気で、とても危険な力を持っていたからだ。

「そうか、お前の仕業だったのか。最初から気が付いていたぜ」
「貴方の方からやってこないから、こっちから出向いちゃった」
「途中を省けるのは、楽で良いな」
「なんてね。本当はあなたがわたしのほうに来たんだけど、気づかなかった?」
「気づいてたぜ」

 それは見栄であり、虚勢ではあった。
 簡単に弱みを見せるほど、魔理沙という人間は妖怪を軽く見てはいない。
 眼前の妖怪なら、なおのことだった。

「髪を切ったんだな。だから判らなかったんだ」
「素直じゃないわね、相変わらず」
「嘘はついてないぜ?」
「でしょうね」

 以前出会った時、幽香の髪は腰に届くほどの長髪だった。
 が、今はばっさりと切り落とされた短髪となっている。
 そして、雰囲気がどこか大人びた落ち着きを持っているように感じられた。
 それが理由で、魔理沙は彼女が誰なのか一瞬わからなかった。
 嘘はついていない。
 だが、嘘をついていないということは、真実をさらすことではない。
 悪意なく緩やかに微笑む幽香は、気づいているのだろう。
 彼女が近づく気配を、魔理沙が読めていなかったことに。

「お前じゃないのか? 誰が考えても怪しいじゃないか」
「なんのことかしら」
「満開にはちと早いというか、少しばかり咲きすぎだ」

 周囲の花々に指先を向けて、問うてみる。
 こういうことはストレートに片付けてしまう方が、逆に身の安全を保証する。
 だが、幽香から返ってきた答えは予想外のものだった。

「花は散るときまで、一生懸命咲くから綺麗なのよ」
「……?」
「無理に咲いた花は、美しさとともに哀しさもあるわね」
「……なにが、言いたいんだ?」
「いっぱいいっぱい自分を偽って散った花は、さぞ綺麗だと思うだけよ?」

 魔理沙の背筋に、ぞくりと寒気が走る。
 微笑を浮かべる幽香から感じられるのは、穏やかな妖気。
 彼女は穏やかな妖気を漂わせた状態から、並みの妖怪なら比にならないないほどの力を繰り出すことが出来る。
 当たり前の表情を浮かべ続けるモノほど、恐ろしいものはない。
 嫌われたり怒られたり悩まれたり、なんらかのわかりやすい感情を浮かべてくれる相手のほうがよほど組しやすい。
 しかし、と考える魔理沙は知っている。眼の前の妖怪が、そうなったほうがタチが悪いということを。

「この異変のことだ。お前が主犯なんだろう?」
「無理強いは好きだけれど、無抵抗の相手は好きじゃないわ」

 その言葉から、幽香は自分が犯人ではないことを暗に示す。
 魔理沙もまた、なんとはなしにその言葉が真実だろうとは信じられた。
 付き合いは少しだけだが、確かに彼女はそういう流儀を貫く相手だろうと想えたからだ。

「偽りの花。けれど、わたしは嫌いじゃないわ」
「嘘は良くないぜ」
「嘘まみれでも綺麗ならいいんじゃない? あなたみたいに」

 幽香の言葉が、ふっと、魔理沙という対象に向けられる。

「……なんの話だ」
「そのままよ」

 それが冗談でもからかいでもないことに、魔理沙は苛立ちを感じる。

「あいにくと私は嘘つきじゃない。見当違いも甚(はなは)だしいぜ」
「花肌ね。花にも肌があるなんて、わたしも知らなかったわ」
「漢字が違う」
「感じも違うわね」

 幽香の言葉を聞きおえるより早く、魔理沙は箒に魔力をこめ上空へ逃げる。
 下方から聞こえてくるのは土をえぐる音、見下ろした眼に映るのは土煙。

「やっぱり勘はいいわね。上手上手」
「照れるぜ」

 感心するような幽香の口調と対照的に、魔理沙は苦笑する。
 久しぶりに見た幽香の弾幕は、以前ほど強力でも高密度でもない。
 遊ばれているな、と感じるが今はありがたい。
 先ほど霊夢と行った『弾幕ごっこ』の余波が、まだ抜けていないのだ。
 足はまだ使える。
 ならば魔力の低下した今、こんな危なっかしい妖怪と弾幕りあう理由もない。
 魔理沙の記憶にある幽香の移動速度なら、自分のスピードをもってすれば逃げることも可能だろう。
 そう見込む。
 ただし、正攻法では逃げ切れないだろうとも推測する。
 速度の遅さを補う火力があることも、記憶の中には残っているのだから。

「誉められるのは嬉しいが、不意打ちとは関心しないぜ。やるなら正々堂々とやろうじゃないか」

 そう語りかける魔理沙の視線は、幽香には向いていない。
 幽香の後方、向日葵畑のある一画(いっかく)、自分の魔力が残る場所。

「……?」

 おかしい。
 魔理沙は周囲へ細かく気配を配りながら、配置した「アースライトレイ」の魔力が消えていくのを感じる。

「嘘つきの正々堂々は、他人を落とし込むことよね?」

 ぎくり、と幽香の言葉が胸にひっかかる。

「花の近くに変なものは置いちゃ駄目よ。根から茎へ、その循環が悪くなるんだから」
「……どうやら、そのようだな」

 魔理沙は休憩するとき用心として、いつ襲われてもいいように「アースライトレイ」を周囲に配置する。
 記憶では、幽香の背後に二つか三つほどの仕掛けを施しておいたはずだった。
 その反応が、先ほどの幽香の言葉とともに感じられなくなっていた。
 幽香の口ぶりと合わせて考えれば、彼女に排除されたと見ていいだろう。
 空中から、下を見下ろす。
 迂闊だったと、今更ながら感じる。
 一面に広がる向日葵畑、ここは彼女のテリトリーなのだ。

「異変が起きても楽しそうね。わたしに会えたからかしら?」

 うろたえる魔理沙の様子が面白いのか、そんなことを幽香は呟く。

「そういうのは自分で言わないほうが、花ってもんだぜ」
「なら、わたしが咲かせる言葉は花盛りってことね」

 仕方がないな、と魔理沙は覚悟を決める。
 以前戦ったときは寝起きのハンディがあって、からくも打ち勝った相手。
 だが、魔理沙も以前の霧雨魔理沙ではない。
 人間は成長する。
 そして、原則として妖怪は変わらない。
 ならば、と思えば気も軽くなって、いつもの気分が戻ってくる。

「からかいたいなら神社の巫女が年中暇してるぜ。頭が春同士、仲良くできるんじゃないか」
「そうね。だからあの子はあなたが好きなのよね」

 ……。

「なんだって?」
「ほらほら、騙すのは似合っているけど」

 幽香の声が聞こえた一瞬のち、驚きの声を上げて魔理沙は急降下する。
 頭上からなにかが風を切る音が聞こえ、ついで静止した自分の目の前に花びらの花弁が落ちてくる。
 攻撃を仕掛けた張本人は先回りして、先ほどと同じ目線にたたずんでいた。

「あなたは、騙されるのは似合わないと思うわ」

 ふう、とため息を吐く。
 さきほどの言葉は、動揺を誘うためのものか。
 ……本当でも嘘でも、意味のない言葉だったのか。

「私は他人を騙したりしないぜ? ちょっとばかり、言葉の行き違いがあったりはするがな」

 眼前の妖怪のささいな言葉で動揺するくらい、今の自分は冷静でないのか。

「随分と大きくなっちゃってねぇ。他人を騙すことくらいに、自分を騙すこともできるようになったのね」

 くるり、と幽香は傘を肩へとかける。
 そして広がっていた妖気が収まってゆくことに、魔理沙も不可解ながら気づく。

「安心しなさい。今日はあなたと弾幕を咲かせにきたんじゃないから」
「咲かせてただろ。そんならしくないことを言えば、信じるものも信じられないぜ」
「その言い方だと、わたしがいつも相手へ拒否権なしに攻撃しているように聞こえるわね」
「そのとおりじゃないか」

 魔理沙の言葉にきょとんとした顔で考え込むこと数十秒、幽香は微笑を返した。

「つまりわたしがやらないと言えばやらないのよ。拒否権はこちら持ちなんだから」
「まあ、いいけどな。じゃあ、なんの用なんだ?」
「ケンカ友達同士のお付き合いって感じかしらね」
「いやいや友達になった覚えはないぜ。以前、ちょっと撃ちあった間柄なだけだ」
「朱に交われば元に戻らないわ」
「戻るぜ。黒が一番強いからな」
「そう。紅白には及ばないのにねぇ」

 挑発するような幽香の言葉。

「まるで妖怪だものね、巫女は」
「人間だぜ」

 魔理沙の返答は、瞬間的に返される。
 確信を持って、力強く。

「あいつも人間だ。お前と違って大きくもなれば、成長もするのさ」
「人間、ねぇ……」

 幽香の物言いは、なにかの含みがあるように、魔理沙には感じられた。
 そのことについて、問いかけようとしたときだった。

「ねえ、本当にあなたと霊夢は同じ『人間』なのかしらね?」

 告ごうとした言葉が、止まる。
 次いで――可笑しくなった。
 笑いが、胸のうちから沸き起こる。

「ああ、同じ『人間』だと思うぜ。私が、そう思っている間はな」
「そう」

 眼を閉じながら、幽香は魔理沙の返答を受け止めた。

「だから私はあいつと友達だし、目標でもあるんだ。『人間』だから、目標になるんだよ」
「……わたしって今、あなたに振られちゃったのよね? 残念だわ」
「冗談は幽香さんだぜ? どうして色恋の話になってるんだ」

 魔理沙の疑問に、幽香はいつも通り微笑むだけだった。
 その態度が、魔理沙の中の苛立ちを爆発させる。

「――笑ってばかり、いるんじゃないぜ!」

 弾幕ごっこはしない、そんな宣言はくそくらえ。
 胸元から引き抜いたスペルカードを発動し、幽香へ向かって光の華を咲かせる。

「笑ってなければ、ご満足?」

 対する幽香もまた、傘から瞬間に光の華を発動させる。

「――こんなふうに、触れあえたらねぇ」

 そんな幽香の言葉は、誰にも届くことはなく。
 魔理沙は全速を持って、幽香の花畑を後にするのであった。

「それだけで、満たされるのにね――?」

 ぽつりと呟く一言は、誰に向けられたものなのだろうか。
 咲き乱れる花の中、華の発した一言は、風に乗って消えていった。






 霊夢が自分を好きかどうかなど、こちらが思っていればいいだけ。
 霊夢が自分を友達だと思うか、など考えても仕方ない。
 なぜなら、彼女は彼女でしかないのだから。

「……まぁ、それでもだ」

 ふと、呟いてしまうことくらいはあるのだ。

「同じ、『人間』なんだぜ……?」

 そう、願うくらいのことを。